ラスト プリンス



「そのうちノルマは越える」

 いきなり呟いた言葉に、あたしは眉を寄せた。

 このお店にノルマなんてあったのかしら、と今までのことを思い出してみるけど、それらしきものはない。

 耕太に釣られてカイさんを見ると、鉛筆と紙が擦れる音が止まり、「うーんっ」と両手を上に上げながら欠伸を噛み締めた。

「カイ、終わったか?」

「もちろん。 さあ、帰ろうか」

「戸締まりよろしく」

 片手を上げた耕太は、カイさんの返事を聞かずに、ドアを開け、あたしを引っ張った。

 階段を降りて、受付の前を通って、駐車場へと入った時、おもむろに、耕太は首元へ左手を持っていく。

 途端。シュルッシュルッとネクタイとワイシャツの擦れる音が、打ちっぱなしのコンクリートに響いた。

 唯一自由な右手で口元を覆い、叫びそうになるのを堪える。

 ヤバい。 さっきのは不意討ちすぎる。 いや、不意討ちっていうか、まあ、違うんだけどっ。

 バクバクと飛び出しそうなあたしの心臓によって、自分でもわかるくらいに頬が熱くなる。

 ど、どうしよう……。 そんな、ネクタイを外した仕草にときめくなんてっ。