ラスト プリンス



 自分を落ち着かせるために、ぱっと視線を下にやり、深呼吸。

 顔が赤くなりませんように。

「19時半になるぞ。早く駐車場に行け」

 立ち上がった耕太は、あたしの手首を掴んだまま、ドアノブに手を掛ける。

 それを引っ張って止めたあたしは、下から耕太を見上げ、「ちょっと、待ってよ」と制した。

「カイさんにコーヒー――」

「気にすんな」

 もう、バッサリ、と。
 危うく『うん。気にしない』とでも言ってしまいそうな、その軽さにあたしは二の句がつけない。

「ほら、行くぞ」

「だって、一生懸命、仕事して――」

「あれは自業自得。 俺には関係ない」

 やっと出した言葉さえも言い切れず、キッと下から睨み上げるしかなくなった。

 確かにそうかもしれないけど、コーヒーとか軽食くらい用意してあげてもいいんじゃないの?
 っていうか、するべきよね。 部下として。

 めんどくささが滲み出る眼鏡の奥のその瞳は、あたしなんかより、ずっと、黒い。