【短】夏秘め natsu-hime


お母さんが部屋を出たあと、
あたしは買ったばかりの色つきリップを取り出して、鏡の前で塗りはじめた。



――『紗里にとっては
“初めて”やん?』



胸がざわざわする……。


ドキドキとも少し違う、怖くて、でも引き返せない感じ。



「あらー。どうしたんよぉ、その顔」



一階からお母さんの大きな声が聞こえてきた。


お客さんが来たのかな?


たいして気にとめず、リップを塗っていると

あたしの後ろでドアが開いた。



「……陣……」



鏡に映った陣の姿に、思わずリップを落とすあたし。


2日ぶりに見た陣の顔には、いくつもアザが浮かび、
あきらかにケンカでできた傷もあった。



「じ――」


「あいつのために浴衣か」



傷だらけの陣の顔が、ニヤッと笑った。