燕と石と、山の鳥

隣で、芹緒が動く。
いつもの黒いズボンについたポケットから覗く小刀に手を伸ばしたまま、しかしその手は僅か逡巡しているように見えた。


その迷いには、俺も賛成だ。



「芹緒。駄目だ」

「…えっ?」

「すんません。失礼します」

「ちょっと、紺…っ!」

「良いから」



無理矢理芹緒の腕を引いて俺は部屋を出る。

今だ戸惑い引きずられるように手を引かれながら俺の名を呼ぶ芹緒を無視しながら、手の中の自分のものより遥かに脆そうな手首の感触を思い出しほんの少し力を緩め、寺を後にした。



門が見えなくなったのを確認してから芹緒の手を離すと、即座に芹緒は俺から大きく距離を取る。

壁に張り付くまで離れなくても良いだろ。


思わず、ため息が出る。


「取って食うわけでもねぇだろ…」

「あ…はい。すみません、慣れてなくて、つい…」


あー…、突っ込むのは良いか。後で。



そのまま歩き出した俺にこの話題を打ち切る雰囲気を感じ取ったのか、気を取り直すように芹緒が隣に駆け寄って来る。


「あの人にはまず確実に妖怪が憑いていました。なんで止めたんです?」

「あそこでお前が妖怪を切っても俺はあの人に何も言えないと思った」

「え…?」


小面が俺を見上げる。
奥の瞳が静かに驚いていた。


「あの人は逃げることはしないと思う。悪ぃんだが、少し俺に時間をくれ」




芹緒から目を外し前を見た俺に、芹緒はしばらく黙っていたが、やがて「わかりました」と返してくれた。