惰眠を貪っていた「玖珂 正影」は顔真っ赤にして怒っていた幼なじみを宥めた後、学ランをリュックの中に突っ込みながら自転車で家に帰るのだ。
(……寝不足だ、)
初夏の風を感じながら、俺は流れる風景を映し込んでいた。
そよそよと流れる風はとても穏やかで心がどこか温かになる。
そう、穏やかだったのに。
『若——!!大変です——!!』
俺はこの声を聞いた瞬間に溜め息が出てしまった。
そして、俺はやはり"陰陽師"の血が流れているんだと思い知らされてしまう。
「どうした"鏡子"。…理由によっては割り砕いてやるぞ」
「なななな、何と殺生なことを仰るのですか?!私は付喪神です!もっと大切にしてください!」
人間の(ように化けた)姿をし、水色のチェック柄のワンピースを着た12歳ぐらいの少女は鏡の付喪神・「鏡子」である。
付喪神とは、長い年月を経て古くなったり、長く生きた依り代(道具や生き物や自然の物)に、神や霊魂などが宿ったものだ。
だから、壊れたり、傷つきなどしたら付喪神は死んだも同然になってしまう。
「お前はいつもいつも…"大変"としか言ってねぇだろ」
「溜め息混じりに言わないでくださいませ若!本当に大変なのです!早く屋敷に戻りましょう?!」
「本当に大変なら今ここで言え鏡子」
幸い、この通りには人も「目に見えないもの」も居ないから変なことを言っても聞かれる心配はない。
「と、とにかく早くお戻りに!千影様が暴動を起こしているのです!」
(あの馬鹿…。また屋敷を壊すつもりか)
「……春姉は?」
俺は眉間を押さえながら鏡子に聞いた。
「居ましたら暴れません!ただ今バイト中でございます!」
「——だよな。よし、鏡子後ろに乗れ」
「御意!」
俺は後ろに鏡子を乗せ、今世紀最大の速さで家路を辿ったのだ。

