「菊嫌いでもせめて一輪だけ置かせて下さいね」

「もう行っちゃうの?」

「はい。——家族水入らずの会話でも楽しんで下さい」





——私はそうやって微笑みながら、踵を返して歩き出した。

太陽が燦々と輝いて、大きな大木にかけてあった鞄と大きな麦わら帽子を被って長い階段を下りたのだ。

木漏れ日の奥から、その光にうっすらと見えた三人の人間の家族と——物の怪たち。


少女は菊の花束を抱え直し、すれ違った"人間"に会釈をした。









優しさなんて偽りだけでいい。私は"貴方"の居る場所が見えることが出来ただけでも良かったの。

願いを今、光に変えようだなんて出来ない。全ての願いを風に託すことも出来ない。



——ただ、不変の自然に身を委ねるだけで良いの。













麗子はその薔薇色の唇から溜め息を吐き出し、傷だらけの少女の背中を見つめ続けた。


「物の怪関係じゃない、っていうのが無理なのよ…」


明らかにただの人間の気配なんて一切感じなかった。かといって、妖怪の気配も一切感じなかった。だったら、あの娘は何者なのか?

——ただ、わかるのは。私に会いに来たんじゃないってことぐらいしか解らない。市太郎のご先祖様に?



(……難しいことは解らないわ)


見上げた空はただ青く澄み渡っているだけだった。