「…こっちにだって"事情"があるのよ。陰陽師にそんなことを言われるほど、こっちだって落ちぶれちゃいない」
菊花は正影の腕を振り払い、胸元を軽く整えて歩き出す。
「——テメェ、腐っていやがる」
「そんなことなら誰だって言えるわ。——それじゃあ、私これから用事があるのでね」
微かに香る物の怪の匂い。
その時の感情や発した声など聞こえやしないが、それでも苦しく泣き叫んでいたことだけはわかるのだ。
何が《魑魅魍魎の主》だ——。
——ただ、妖怪を地獄に送り込んで楽しんでいるだけだろう!
鏡子のだって…きっと、裏があるの決まっている。一時でも、あの女の事を信頼した自分が馬鹿みたいじゃないか!
そして、一瞬だけ見惚れた自分も殴り飛ばしたいぐらいだ。
(クソッ——ムシャクシャする、)
唇を噛み締めながら、壁を力の限り一発殴った。
正影は学ランの中から札を出して、息を吹きかけたのだ。
「…玖珂の者を、丑三つ時までに集めろ。集会を行う」
そして、遠くから「御意」という言葉が聞こえたのだった。いつかあの女を地獄の奥底まで叩き落としてやろう——
それがこの俺の、陰陽師の務めだ。

