10時頃、僕はベッドを抜け出した。結局一睡もできなかった。


僕はシャワーを浴びてTシャツに着替える。一本しかないジーンズをはく。


「もう出かけるの?」小雪が眠そうな声でベッドから声をかけた。


「うん。遅刻しそうだよ・・・・」


僕はマンションの部屋を出る。


僕のバイトしているカフェは僕たちが住んでるマンション(正確には小雪が借りているマンション)


から10分の駅前にある。古びた外見でレンガつくりの壁にはつたが絡まっている。


つたを這うように白い木香薔薇が咲いている。


僕はこの花が好きだ。植物は何でも好きだけど、なぜかこの花を見ると何かを思い出しそうになる


それはあたたかく優しい記憶だった。でもその記憶はぼんやりと霞がかかっていて


ちょうど雨の日の前の傘をかぶった月みたいにおぼろげだった。


「おはようございます」


「おはよう」オーナーの八巻さんが応えた


「体、大丈夫か?週に3日でも辛いんじゃないか?」


「今のところ大丈夫です。夕べは眠れなかったけど」


「不眠なのか?」


「いつものことです心配ないですよ」


「寝ないと消耗するぞ」


僕は笑った。八巻さんはいい人だ。僕が精神をやられていることを知ってて雇ってくれている


僕の症状は時々人の声が聞こえることだ。呼ばれた気がして返事をすると誰もいない・・・


そういうことがしょっちゅうあった。精神科に行けばいいんだろうけど、


僕は行きたくない。気なんか狂ってないからね。



「じゃあ、ルイ、店の間箒で掃いて、看板出してくれ。どうせ常連しか来ない店だからな」

八巻さんはそう言うと店の奥に引っ込んだ。


サイフォンから香ってくるブレンドの香りが眠気を覚ましていく。



八巻さんは朝必ず一杯のコーヒーを立ててくれる。実は僕はコーヒーじゃなくて



紅茶派なんだけど、八巻さんのコーヒーでコーヒーに目覚めてしまった。