たぶんそのときおれはとっくに夢の中にいた。

夢で、おれは夏帆に抱きしめられていて、夏帆の声を聞いていた。
ただ夏帆が何を言っているのかはっきりとは分からなくて、でも。
夏帆のやわらかな優しい声がとても心地よくて、内容が分からなくてもいいか。
今度目を覚ましたら、聞こう。

そう思っていて。


おれは、夏帆の声が好きだった。

「ゆーと」と、舌足らずに発音されると、いつまでたっても心臓が高鳴ったし、甘えた声でおねだりされると、何でもかなえてやりたいと、よく昔は思っていたはずだった。それなのに。


あのとき、もっと聞いていたらよかった。夏帆の話す言葉すべてに魂を集中して、聞いてやればよかった。


ただ、夏帆が「ゆーと、ありがとう。好きだったよ」そう、切なさを含んだ笑顔でおれに告げた、気がした。