YIH

「…父上に御用?」
「はい、そんなところです」
「案内します。こちらへ」
背を向けた少女は一定のペースで歩みを進める。藍嘉さんはそれに吸い寄せられるように足を踏み出した。
その静寂を打ち破ったのが携帯の着信音である。無論、僕のだ。
「あ…すみません、」
少女と藍嘉さんは待ってくれるようだ。
着信画面には、哉勒さんとある。
「もしもし」
『アイはいるのか』
「もちろんです」
『…あのクソジジイ…ハク、お前には感謝する』
「お礼には及びません」
『今どこだ?』
「えっと…はい、目的地ですね」
『今すぐ引き返せ。そして俺の部屋に来い』
「…了解しました」
通話を切ると、この短時間に仲良くなったらしい2人が会話をしていた。
「…あの、」
「あれもう終わったの?誰?」
「ロクさんからです」
「……」
「今すぐ帰って来いと、」
「やだ」
「いや、僕に言わても…」
「俺、唄子ちゃんと仲良くなったんだから、もう少し話したい」
「気持ちは痛いほど分かります。後日また伺えばいいでしょう」
「……また来るね、唄子ちゃん」
「お待ちしてます」
このとき見た彼女の哀しい、名残惜しそうな微笑みが最後になるとは、誰も予想だにしなかった。