「すいません!
遅れましたっ!」
ハァハァ、と息を切らして店内に入れば、カウンターで優し気な、柔らかい笑顔を浮かべ、ティーカップを拭いているおじいさんが居た。
「ははっ、いいよ。
走って来てくれたのかい?
疲れただろ?まぁ、そこの椅子にでも掛けて休むといいよ。」
ニコッ、とこれまた優しく目を細め、今まで拭いていたティーカップを置き、新しいカップに手を掛ける。
煎れたてなのだろう。
プカプカ、と浮かび上がる湯気が少し苦味を帯びた大人な、でもどこか安らぐような香りを運ぶ。
そう、ここは喫茶店。
今日から俺が夏休み限定で働く場所なのだ。
そしてこのおじいさんはマスターであり、俺のちょっとした知り合い。
「カチャ」
陶器同士のぶつかる高い音が店内に響く。
「今日一番のコーヒーだよ。
働く前はこれに限る。」
そう言って微笑むおじいさん。
「いいんですか?」
躊躇いがちに聞けば返ってくるのは優しい笑顔と、コクリ、と縦に振られた首の動き。
ありがとう、とコーヒーを一口だけ飲む。
その瞬間広がる柔らかい苦味と、心のずっと奥まで入り込むような香り。
俺はそのあまりの美味しさにただ「美味しい」と呟くしかなかった。
それをずっと笑顔で楽しそうに見ているおじいさん。
俺が全て飲み終わると、「気にいって貰えて良かったよ」とまた笑った。
そのおじいさんの笑顔につられて、俺の顔にも自然と笑顔が浮かぶ。
ここはまるで、小さなひだまりのように温かな喫茶店だ。


