「……私と住むための部屋? 今から行くから、待ってて」
確かに聞こえたその言葉が、俺の胸を深くえぐる。
まなみは電話を切り、駅の方向に走りだした。
彼女の足音が完全に聞こえなくなっても、俺は立ち上がることができなかった。
頭の中でひたすらリピートしているのは、さっき聞いたばかりのまなみの言葉。
――『私と住むための部屋』
――『今から行くから』
何だよ、それ。
一緒に住む部屋って……そんなのもう用意してんのかよ。
あっけない――けれど、完全な失恋。
こんなときって涙も出ないんだ。
昨日、兄貴の前ではあんなに泣きそうだったのに。
何とか立ち上がって門を出ると、俺を心配する4つの目に迎えられた。
「……んだよ、お前ら」
強がろうとしたら、思いのほか小さな声しかでなくて、
「来なくていいって、言ったじゃん」
まるでただの意地っ張りな子供だった。
「何言ってんの? お前がリハーサルに遅れないか心配で来たんだよ」
とトオルが言う。
「そうそう。あんたたまに遅刻するしね」
と詩織。
俺の最高の親友達は、こんなときでも俺の強がりに付き合ってくれる。
「そっか……じゃあ、行くか」
だから、俺も何とか笑うことができたんだ。