カレンダーが4月に入ると、動物も草花もとたんに息づかいが活発になった。
ピンクに染まり始めた町を見ても、「花見に行こう」と兄貴が言い出さなかったのは予想外だ。
恐らく、それどころじゃないという心境だろう。
最近の兄貴ときたら、カレンダーを見てはそわそわ。メールが届くたびにニヤニヤ。
桜前線はただ今、兄貴の脳内にも到来中らしい。
彼女が上京してくる日をまだかまだかと待ち構える兄貴は、どこか乙女チックに見えた。
そして、ついにその日。
我が家は朝から落ち着きがなかった。
母さんや兄貴はもちろんのこと、父さんや妹のエミまで、彼女の同居に大賛成の様子。
そわそわ、ニヤニヤ。なんだか俺以外の全員が兄貴化したみたいだ。
この日、俺は昼過ぎからアルバイトだった。
「今日は、残業大歓迎です!」
なんてバイト先の先輩にアピールしてみたけれど、こんな日に限って仕事は少なく、夕方6時にバイト終了。
ついてない。
俺は舌打ちしてタイムカードを押す。
……そういえば、今日は彼女の歓迎会するとか言って、母さんが張り切ってたっけ。
今帰ったら、ちょうどその最中なんだろうなあ。
面倒くせー。
なんて、うだうだ考えてながら歩いていると、いつの間にか自宅の前までたどり着いていた。
「……はぁ」
ため息のような深呼吸のような、自分でもよく分からない大きな息を吐く。
見上げた夜空は星さえなくて、みごとに真っ黒。
三日月は研ぎ澄まされた剣の先のように、白く鋭い光を放っている。
それとは対照的なやわらかい灯りが、リビングの窓から漏れていた。
カーテンに映る影はいつもより多く、そして楽しげだ。
ゆっくりと、玄関を開けてみた。
廊下まで響いているみんなの笑い声。
耳慣れない声も、ひとつ混じっている。
……ああ、ホントに同居が始まるんだ。
俺は玄関を上がり、そしてその賑やかなリビングのドアに、そっと手をかけた。