「まなみ、どうかした?」


思いつめた表情でうつむくまなみを、兄貴は無邪気に心配してのぞき込む。


「えっ、ううん。何でもない」


下手くそな笑顔。

兄貴に作り笑いするまなみを、俺は向かいの席から見ていた。

口角の上がった唇とは裏腹に、全然笑えていない瞳。


困ったように泳いだ視線が、俺の視線とぶつかった。

何か言いたそうな、けれど言葉が出ないような表情だった。


……もしも今、俺が立ち上がってまなみの手をつかみ、兄貴のそばから引き離したら?


頭に浮かんだ考えを実行に移してしまう前に、俺は席を立った。






どうして兄貴は3ヶ月もの間、勝手に姿を消していたくせに、こうもたやすく家族の輪に戻ることができるんだろう。


そして、兄貴のそんなところがけっこう好きだったくせに、今はムカついてしまっている自分が嫌だ。


ベッドにうつぶせになり、俺は枕をたたいた。


しばらくすると、隣の部屋に人の入る気配がした。

豪快な兄貴のものと違って、パタン、と静かに扉を閉める音。


まなみだ。


兄貴の声はまだ1階から聞こえている。


俺はふたつの部屋を分ける壁に向かって、そっと呼びかけた。


「……まなみ」


返事はない。

だけど、なぜか確信はあった。

きっと彼女も俺と同じように、この壁に向かって聞いてくれているはずだって。