「…ほん……のかなぁ…」
かなり小声でしゃべっているらしく、ほとんど聞き取れない。
壁は薄いから、普通のボリュームなら丸聞こえなんだろうけど……
しかし、何て言うか、うっすらと聞こえてくる女の声って妙に想像を掻き立てられるなあ。
なんて思っていたら、
「っ!」
ドアの隙間から俺を見つめる瞳と、目が合った。
俺は壁に耳をくっつけたまま、あわや叫びそうになるのをギリギリのところでこらえた。
「か、母さん」
「何してんのよ、ケイ。盗み聞きするなんて趣味の悪い子っ」
ふたりとも、もちろん超小声だ。
母さんは物音を立てないように部屋に入ってくる。
「自分の息子にこんな趣味があったなんて、ママ、ショック」
「違ぇよ、そんなんじゃないしっ!」
「ああ~……校内新聞で3年連続“抱かれたい男”ナンバーワンだったあんたが、変態なんて」
「違う!ってか、なんで校内新聞なんか知ってんだよっ」
「だってママも投票したもん」
「はあ?」
なんで俺の家族はこうもおかしな奴ばかりなんだろう。
て言うか、どうやって母親が投票するんだ?わけ分からん。
俺は母さんを無視して、再び壁の方に聴覚を集中させた。
けれどもう隣の部屋の声は聞こえなくなっていた。
「あんた、気になるの?」
と母さん。
「別に」
と俺。
「……もういいから、早く自分の部屋戻れよ」
俺が母さんの背中を押して言うと、母さんはなぜか勝ち誇ったような目でこちらを見た。
「初日からそんなに気にしてちゃ、この先やってけないよ?」
「あ?」
初日?この先?
なんだそれ。
俺が眉をひそめると、母さんは子供みたいに楽しそうな表情で言った。
「隣の部屋にいるのはね、武史の彼女のまなみちゃん。北海道で出会ったんだって。
彼女、来月からこの家で住むことになったから」
「……はあ?!」
何がどうなってるんだ?
北海道の土産は“サケをくわえた木彫りの熊”ではなく、“タケが捕らえた現地の妻”だった。
……ありえない。
ありえないぞ、バカ兄貴!