「俺、最近ちょっと考えるんだ。このまま俺が運転席に座って、奪うことだってできるんじゃねーの?って」
「……」
後ずさりしようとしたまなみの背中が、壁にぶつかって止まった。
困惑して泳ぐ視線。
おびえさせたいわけじゃない。
だけどこの狭い部屋で、俺たちの距離はあまりにも近すぎた。
まなみの顔に影がかぶさって、それが自分の影だと気づいたとき……
俺は、無意識に右手を伸ばし、彼女を片腕で抱きすくめていた。
「ケイ……?」
まなみの息が耳にかかる。
「ダメだよ」
言葉が針になって胸に刺さり、俺は顔をしかめた。
「……ダメじゃねーし」
情けない声でつぶやくと、まなみは小さく首を振った。
なんで?
なんでダメなんだ?
伝わってくるまなみの体温は俺と同じくらいに高くて、
もう、“ダメ”なんて言葉じゃ納得できない。
「責任とか、考えんなよ。ダメじゃねーよ。何もお前のせいじゃないんだから」
振り払われないように、俺は片腕に力をこめた。
そしてもうひとつの手で、彼女の髪をなでる。
指の間をくすぐるやわらかい感触。
こんなんじゃもう足りなくて、もっと近づきたかった。
俺は、言わないでおこうと決めていた言葉をとうとう口にした。
「全部、兄貴のせいじゃん」
まなみの体が強張った。
腕の内側から力が加わり、俺は押しのけられた。
「違うよ。それは違う」
優しいけれど、きっぱりとした口調だった。
ああ……そうだよな。
わかりきっていた言葉なのに、彼女の口から言われると、心が切り裂かれたように痛む。