「……ありがとう」

「え?」

突然、上から降ってきたまなみの声に、俺は顔を上げる。

「ほんとに、ほんとにありがとう」

「……」

「ありがとう……」

まなみは何度も同じ言葉を繰り返した。
涙で顔を濡らして、声を詰まらせながら。

その姿を見ていたら、突然、俺の胸にある想いが生まれた。

いや、生まれたという言い方は正しくないのかもしれない。

たぶんそれは前からあった感情で。
けれど目をそらしてきた、密かな想いだった。

それが唐突にあふれ出て、否応なしに自覚させられた。

――もっと近づきたい。

――もっと特別な存在になりたい。

好きなら当たり前の欲求だけど……でも。

「ケイ君。ほんとに、ありがとう」

俺の目をまっすぐに見つめるまなみ。

けれどそこに映る俺は、ひとりの男としてじゃない。

“恋人の弟”としての俺。

わかってる。
ずっとわかってたのに。
どうしようもなく、願ってしまったんだ。

――兄貴じゃなくて、俺を見てくれよ……。




俺たちは空港を出た。

さっきより雪が強くなっていて、景色はただただ白かった。

長野に引き返そうとするけれど、車はなかなか進まない。

渋滞の道路は、俺とまなみをいつまでも密室に閉じ込めた。

「そういやお前に名前呼ばれたの、初めてだったな」

ふいに思い出して言うと、まなみはミラー越しに、へ?という顔をした。

「ほら、さっき俺のこと、“ケイ君”って」

「私、今まで名前で呼んでなかったっけ?」

「呼んでねーよ。いつも“ねえ”とか“あんた”とか」

「それを言うならケイ君だって、私のこと“おい”とか“お前”呼ばわりでしょ」

「そうだっけ?」

そうだよ!とまなみが笑ったので、俺もおかしくなって笑い声をあげた。