「武史~!」

ゆいさんの声がした。
俺を“武史”と呼ぶ、ゆいさんの声が。

「ラブラブなのはいいけどさ、ご両親の前でそれはダメでしょ」

さすがゆいさん。
俺の芝居を見て、今の状況をすぐに把握してくれた。

そして俺は、“ゆいさんにからかわれて照れる武史”の役を演じきった。




空港行きのタクシーに乗り込むおじさんたちを見送って、作戦は無事に終了。

まなみは小さくなっていくタクシーにいつまでも手を振っていた。

恋人役の時間は終わって、俺らの関係は元通り。

俺たちの間を、排気ガスの混ざった北風がすり抜けていった。

なんだかこのまま一歩でも歩み寄れば、自然に手をつなげるような気がしたけれど、そんな考えはすぐにどこかに流れていった。

やっぱりふたりの間には壁があるんだ。

声も、物音も、ぜんぶ筒抜けの薄い壁。
だけど、はっきりと俺らを隔てる壁。

壊してしまいたいなあ、なんて、時々そんな衝動にかられたりもするけれど。




家に帰ると家族が盛大に俺たちを迎えてくれた。

兄貴の代役を見事にこなした俺には、もちろんみんなからねぎらいの言葉が……
と思っていたら、そうではなくて。

「もう~っ、すごかったのよ!まるっきり別人みたいな顔してさー」

レストランでの俺の芝居をみんなに話して、ゆいさんが笑い転げる。

「それを言うなら昨夜のケイも、なかなか演技派だったぞ」

父さんの発言で、リビングは思い出し笑いの声に包まれた。

……昨夜はあんなに焦ってたくせに、ゲンキンな奴ら。