さて、どうするかな。
とりあえず、ゆいさんに気づかれたら終わりなわけで――
「あれ?まなみちゃん?」
……って。
さっそく気づかれたし。
軽い頭痛を覚えながら声の方を見ると、右手を高く上げてアピールするゆいさんの姿。
「知り合いの人か?」
おじさんの問いかけに、俺はあいまいにうなずいた。
まなみはすっかり固まってしまって、相づちすら打てない様子。
そんな事情なんか知るよしもないゆいさんが、栗色の長い髪を揺らして俺らの方へ近づいてくる。
「まなみちゃん、奇遇だね~。こんなとこで会うなんて」
最悪だ。
まさかあと数時間というところで、計画が失敗に終わるなんて。
あきらめかけた俺の頭に、ふと、ある言葉が浮かんだ。
――『まなみが安心して浅田家にいられるように、見守るのが役目……』
それは、誰の言葉だった?
それは……俺の言葉だ。
俺自身が心に誓ったことだ。
なのにこんなとこであきらめちゃ、ダメだろ俺。
「……一瞬だけガマンしろよ?」
耳うちした俺に、まなみは「え?」と目を丸くする。
今思いついた苦し紛れの方法だった。
こんなので切り抜けられるかどうかはわからない。
けど、やってみるしかないから……
「まなみ、口元にソースついてる」
俺はまなみの顔を至近距離でのぞきこみ、彼女の口元を親指で拭った。
驚きすぎてリアクションすらとれないまなみは、ただ口をパクパクさせて絶句する。
俺だって、ほんとは鼓動が壊れそうなほど速くなってた。
お互いの前髪が触れ合って、くすぐったくて……。
恋人同士の距離だった。
そう、これは、“誰がどう見ても恋人同士”というふりをした、お芝居。