バイトに戻った俺は、車をほったらかしにしたことを先輩からこっぴどく叱られた。
「その間に駐禁きられたら、どうするつもりだったんだ」
と先輩は言った。
でもあの時、まなみだってピンチだったんだ。
兄貴にほったらかしにされてる間に、他の男が手を出そうとしてきたんだ。
そしてそれを、俺が止めた。
……つまり。
俺の役割っていうのは、今やっているアルバイトと一緒。
兄貴の留守中、まなみが安心してここに居られるように……
ただ側で見張るだけ。
そう考えると、少し寂しい気もしたし、少し救われた気にもなった。
その夜、俺は初めての行動に出た。
俺とまなみを隔てる、薄い薄い一枚の壁。
頼りないけれど唯一の境界線だったこの壁を
――バコン!
俺は思い切り蹴った。
「きゃっ…!」
小さな悲鳴がむこうの部屋から聞こえる。
ほんとはノックするつもりだったのに、思わず蹴ってしまった。
なぜなら、緊張がピークに達していたから……。
「おい、お前」
声が震えないように必死で頑張りながら、壁に向かって言った。
「明後日の土曜、空けとけ。出かけるからな」
それだけ言って、俺はへなへなとベッドに座り込んだ。
「え?」という声が聞こえた気がしたけれど、もう何も返せそうにない。
膝が震えて、喉がひどく渇いている。
隣の部屋で、あいつは今どんな顔をしてるんだろ。
知りたいけれど、知りたくないから、
……とりあえず今日はさっさと寝て、土曜日を待とう。
兄貴の彼女への恋心を、はっきりと自覚した二十歳の秋。
けれどこの気持ちは、もちろん内緒。