「悪いけど、兄貴じゃないし……。つーかお前、あの家出男のことがよっぽど恋しいんだな」

わざと意地悪な口調で俺は言った。
けれど言ったあとで、すぐに後悔した。

そう、むちゃくちゃ、後悔したんだ。

だって……


「お前、もしかして泣いてる?」

「え?」

まなみは涙のにじんだ目を大きく見開いて、俺を見た。

その瞳に映る俺の姿が、じわりとぼやけた気がした。

「何、言ってんの?泣いてなんかないし」

そう言って、まなみはとっさに笑顔を作ろうとする。

けど……うまく笑えてないし。
てか、涙、流れてるし。

やめろよ、そんな顔すんの。
意地悪な口調でからかった俺に、いつもみたいに反論してこいよ。

今まで感じたことのない気持ちが広がって、胸が痛かった。

俺は、自分でも知らないうちに、体がまなみへと向かっていた。

俺の右足と左足が一歩一歩、ベランダを踏みしめるたびに、まなみの表情は困惑していく。

俺……、何をしたいんだろう。

今、この状況で、こいつに近づいて。
いったい何をしたいんだろう。

けど、涙を流すまなみを、どうしても放っておけないから――

「ごめん」

まなみの濡れた頬を指で拭い、俺は言った。

「まさか泣くなんて思ってなかったから……。からかって悪い」

まなみは困ったような顔で眉根に力をこめて、震える息を吐いた。

そのとたん、両目からさらに大粒の涙が、ぽろぽろと流れ落ちた。

「泣くなって。頼むから」

「……」

「泣くと翌朝ブサイクなるぞ?」

「……うるさい」

ハハッと俺は笑う。
まなみは唇をとがらせる。
少し、いつも通りに戻った感じがした。

そうだよ。
やっぱ俺らは、こんな感じでなくちゃ。



ホントは、言いたいことがもっと他にあった。

いっぱい、いっぱい、あった。

けど今は、これが精一杯。
そう思った。