けれど現実には、女ってやつは俺の心をかき乱す。
いや、正確には……
隣の部屋で暮らす、まなみっていう女は。
その夜、電話の着信音が隣室から聞こえた。
続いて「もしもし」という、まなみの声が聞こえ、そしてその後の会話から、電話の相手があいつの母親であることが分かった。
「私も武ちゃんも元気だし、何も心配いらないから」
変に明るい声が、壁越しに響く。
……何、嘘ついてんだよ。
こんな言葉、聞きたくねーよ。
俺は読んでいた雑誌を放り投げて、ベランダに出た。
秋の夜は気持ちがいい。
風はさらりと肌をすり抜けていくし、空だってきれいだ。
けど、
「はあ……」
ため息たっぷりな俺。
兄貴のやつ、まじで何やってんだろう。
ちゃんと飯とか食ってんのか?
変な仕事してないだろうな?
あれこれ考えていたら、俺は無意識に口笛を吹いていた。
それはとても、懐かしいメロディだった。
何だっけ、この曲。
確か、外人のグループで。
ああ、そうだ。
兄貴がよく歌ってた曲だ――…
「――武ちゃんっ!」
突然響いた声が、その口笛を止めさせた。
まなみの声だった。
隣の部屋の窓が突然開いたかと思うと、泣きそうな顔をしたまなみが、飛び出してきたのだ。
「え……?」
……武ちゃん、って。
何言ってんだよ、こいつ。
ああ、そうか。
兄貴とまなみの、思い出の曲でもあるってわけね。
で、この口笛を聴いて、とっさに兄貴と勘違いしちゃったわけね。
……そういうことかよ。