「やべえ……さっきは平気だったのに、なんか泣きそうだ」
「泣かせないよ、バーカ」
詩織が俺の背中をこづいて言った。
「せっかくスタジオ借りてるんだよ? 今は精一杯リハーサルしようよ」
「ああ」
「終わったら朝まで付き合ってあげるから。泣き上戸になっちゃいなさい」
「……いや、酒はもういいよ」
そういうと、詩織はつまらなさそうに肩をすくめた。
俺たちはそれぞれの持ち場について、スタンバイした。
しんとした野外スタジオに一曲目が流れ出すと、紺色の空が照明で少し明るくなった。
アップテンポな曲に合わせ、照明も動きをつけたものだ。
闇を切る、虹色の光線。
空間を満たす光。
本番さながらのショーを、俺はステージのそでから見ていた。
リハーサルは順調に進み、2曲目が終わろうとしていた。
紺から黒に変わった空を、ムービングライトが円を描くように動き、曲のクライマックスを告げる。
「ケイ、最後の曲行くぞ」
トオルに声をかけられ、俺は深くうなずいた。
音楽が止むと同時に、スタジオは一瞬暗くなった。
そして、ついに3曲目。
さっきまでとは打って変わり、照明はすべての動きを止める。
ひまわりの弾むようなイエローが、ぽぅっ…と闇に浮かび上がった。
たった一人の観客に見せたくて、冬の花屋を何軒も回って見つけた花。
彼女の笑顔によく似た花。