仲地のもとへ急ぐと、私は軽く頭を下げた。
「あの、仲地先生。この間は、ありがとうございました」
「ん?この間って?」
仲地が、奥のほうまでぎっしり並んだ棚の番号をしきりに見つめて、私に声だけをかける。
まさか、私が入院患者だと忘れているわけはあるまい。
さっき、名前まで呼ばれたのだから。
「私の執刀をしていただいて、ありがとうございました」
もう一度礼を言うと、仲地の顔が、ゆっくりと動いて、視線で私を捉えた。
黒曜石のような、つやつやとした黒い瞳。
なんだか、目線を合わせられなくて、俯くと、仲地が口を開いた。
「傷は、どう?」
「え?ええと、昨日、外来でOKもらいました。
こうして、仕事もできますし、もう大丈夫です」
退院して、3日くらいは、相当辛かったが、
だいぶ痛みはひき、順調に回復しているのが自分でも良く分かる。
縫合のあとも綺麗で、仲地は意外に腕のいい研修医なのかもしれない、とそう思った。
・・・のに。

