とある時代、とある場所。
ここに、一人の奥方様がおられました。

名を、貴悠(きゆ)。
国主、岩鞍勝親(いわくらまさちか)の御正室。
元は、隣国の一の姫様でございました。

私は、貴悠の方様に仕える
乳母の菊乃と申します。

さて。貴悠の方様におかれましては、

先日より、ご気分がすぐれぬご様子。

私にしましても、まことに、
心配な事にございます。

「…ばあや。」

あらまぁ、貴悠の方様がお呼びですので、
しばし失礼を致しまする。

「ばあや!何をしているの?」
貴悠と呼ばれた女人は、
物憂げな表情で、乳母の行動を嗜めた。

「お許し下さいまし、姫様。
如何なさいましたか?」

ばあやと呼ばれた乳母は、
貴悠の側に、にじりよる。
「気分が悪いの…。私、どうしたのかしら」

そう言うなり、うっと、吐き気を
こらえ、うつむく貴悠。

「姫様、もしや…御懐妊では?」

「ご…かいにん?」

「お腹に、やや様がいらっしゃるのでは?」

「…やや。私が?」

「はい。」

「私、お母様になるの?」
「ご懐妊なさっていれば、そうなります。
とにかく、お医者様に診て頂きましょう。
私、連絡して参ります。」

乳母はそう言うと、部屋から出ていった。


「…私が、お母様。」