30才になった春に、長く
勤めていた部署を異動にな
った。

その理由は、他部署の要求
を何でも受け入れて、部下
に押し付ける上司に、

「お前がやれ!」と言った
ためだ。

長く製造部署で過してきた
が、はじめて「工務」とい
う事務職に就いた。

簡単に言えば、営業の指示
に基づき、製造計画を立て
る仕事だ。

慣れないデスクワークに就
いて、パソコンと電話が武
器になった俺に、

「夏生さん、電卓あります
か?」と、前の席の涼村さ
んが言った。

「あるよ」と、机にあった
電卓を渡そうと思ったら、

「105、110…」と、
数字を読み上げていく。

俺は、慌てて電卓を叩くこ
とになった。

「いくつですか?」

「1025」

「ありがとう」と薄く笑っ
て、涼村さんは一瞬だけ俺
を見た。

そして、手前の電話の受話
器を取り、製造部署に電話
をかけた。

数分後、涼村さんは、ガチ
ャ!っと受話器を叩きつけ
た。

どうやら、交渉が上手くい
かなかったらしい。

各部署には高い壁がある。

まぁ、簡単に言えば、営業
は営業、製造は製造、工務
は工務ってことだ。