「あぁ、若いときから高い才能を持っていたよ。 学園始まって以来の天才だと、騒がれるほどにね」
「…そんなに、ですか」
「彼女が入学してきた時、私はまだ学園長ではなく新米教師だった。
彼女の担任になったのだが……本当に驚かされたものだ。
彼女のピアノは、周りの声を遥かに越えるものだったから」
「………」
…そんなにも、すごかったのか。
学園長が嬉しそうに話す、お母さんの学生時代のこと。
それが曖昧にしか分かっていなかったお母さんの過去を、徐々に鮮明なものに変えていく。
だけど同時に、身近にあったと思っていたお母さんとの存在が遠くなるのを感じた。
あたしが今まで見ていたお母さんは、母親であるお母さん。
でもあたしが今知ろうとしているのは、笹川詩織であるお母さんだ。
そう考えると、あたしまだ全然“笹川詩織”のことを知らないのかもしれない…。
天才だと、騒がれていた学生時代のことも。
引退するまでの、輝かしいピアニスト時代のことも。



