僕らの背骨


「…1803。」
莉奈は何気なくその部屋番号を呟くと、自分が日々の平穏から遠ざかっている事に気付いた。

誠二が上京しなければ、莉奈はこうして単身東京に来る事などなかった。

莉奈は少なからず東京への憧れがありながらも、将来東京に住みたいなどの具体的な願望はなかった。

しかし、もし莉奈が山口県を心底好きか?と聞かれれば即答は出来なかっただろう。

生まれ育った土地ではあるが、山口を安住の地とまでは考えていなかったのだ。

もちろん長くその地で生活していれば、都会人から見た"不便"という価値観は生まれない。

"順応"という一つの感覚は、恐らく人間の行動感情の中で最も変動の少ない物であり、選択肢の少ない環境であれば、自ずとそれが安息の状態だと誤認する。

金銭面での余裕や人間同士の環境が調い、仮に自身の行動範囲に全てを置けるのなら、山口県はまさに"不便"この上ない土地となるだろう。

しかし莉奈個人のスキルや家庭環境はいわゆる一般的と言えて、親の金や自身の学力だけでその選択肢を広げるという事は事実不可能にも近かった。

ただ、莉奈本人に執着にも似た都会への憧れがあったにしたら、それこそが行動範囲であり、本当の"選択肢"なのだ。

つまり、
全ては自分次第なのだ。

個人の揺るぎない意識が環境を変え、やがては理想を生む…。

例えばその先にあるのが東京での生活なら、もちろんそれは現実的な将来であり、決して他人に不可能などと説明される筋合いはない。

そんな理想の将来を思い描く度に、莉奈は憂鬱になっていた。

自分には何もない…。

憧れの地も、理想の将来も、何もない…。

だからこそ莉奈にとって唯一であった誠二という存在が、かけがえのない物だったのだ。

まさに執着とも言える誠二への求愛は、莉奈の数少ないベクトルになり、それが揺るぎない"意識"となっていた。

誠二の背景を気に病み、その不安が次第に心を蝕むと、莉奈はそんな意識を意図的に呼び起こし、求愛に身を投じていた。

莉奈がそれによって救われる時間はごくわずかだか、それでも誠二を好きでいられるその感情が、事実上莉奈を支えていた。


莉奈は部屋に入るとベッドの上に荷物を置き、窓に写る都会の夜景を眺めた。