碧の記憶、光る闇

「きゃあ!」

碧と静香が悲鳴をあげて互いにしがみつく。まるで絵に描いたように二つに割れた杉は地響きを立てて地面に叩き付けられた。

その一瞬の間をおいて再び閃光が空気を引き裂く。
今度はある程度遠くに落ちたようですぐには轟音が聞こえてこなかったが、カメラのフラッシュをたいた時のような残像が碧の目に焼きついた。

閃光が走った瞬間に川面が照らされ、まるで鋭利な刃物のように鋭い光を放つ。その光は一瞬で消えるはずが碧の目にいつまでも残像として残った。

慌ててまばたきしてみるが一向に残像は消えず、川面は光ったままである。その光はまるで何時も見る夢の中で謎の恐怖に追われながら暗闇を走っている時、前方にぽっかりとあいた光の穴のようであった。

そして何時も夢では、その光を覗きこむと恐怖そのものが物体化した抽象的な鬼の姿が現れるのである。

自分でも無意識に碧は川辺に向かって走り始めていた。

「おい!碧、危ない!」

「碧ちゃん、帰ってくるんだ!雷が…」

雅彦が言い終わらないうちに再び爆音が鳴り響き、その声を掻き消す。

僅か10数メートルの距離を碧は全力でひたすら走った。
まるで夢と同じように走っても走っても川面を照らす光源にたどり着かない。

感覚的に何十分も走りつづけ、後の3人は、はるか彼方に消え去ったかと思うほどの距離を経て碧はようやく川辺にたどり着いた。

ここまで来ると、もはや光源はまぶしいほどに碧を照らし、そこから風でも吹いているのか碧の濡れた黒髪が後ろになびく。

震える足で一歩一歩近づいた碧は、恐る恐る水面を覗き込んだ。

急に碧が走り出して面食らった和哉は慌てて後を追った。

走っていく時の碧の表情を一瞬垣間見たが、それは和哉の知っている碧の顔ではなかった。