碧の記憶、光る闇

碧の言葉に静香も黙り込んだ。

あの老婦人から話を聞いた時に脳裏に浮かんだ、川村家の惨状…倒れた箪笥、血に染まり破れた障子、割れる裸電球は想像ではないことを碧はわかっていた。

その時浮かんだ景色は川村沙耶が見た物だ。

10歳の沙耶がみた光景を今、碧は時空を超えて眼前に再現していた。

モノクロの世界の中で血痕だけが鮮やかな赤色を放っている。そしてなにもかも…時間さえ止まってしまった中でただ一つ揺れ続ける裸電球。

その時重く垂れ下がった雲からとうとう、雨が降ってきた。あっと思う暇もなく川面に無数の波紋をつくりながら当り一面を包み込んでいく。

4人は叫び声を上げながら近くの大きな木に非難した。
青々とした葉が生い茂る大木は4人を十分に雨から守ってくれる。

樹齢何百年もたっていそうなその木は吹き付ける雨にもびくともせず、しっかりと根をはり枝を突き出していた。

「急に降ってくるんだもんなあ」

和哉が文句をいいながらタオルで顔を拭く。

「碧も拭けよ。風邪引くぞ」

雨にぬれて碧の素肌にべったりと張り付いたシャツが妙になまめかしくて和哉は慌てて視線をそらした。

そうしている間にも雨足はますます激しくなり、空は日中とは思えないほどどんよりと黒く濁っている。
やがてあちらこちらで雷の音がゴロゴロと無気味になり始めた。

「この木に落ちたりしないでしょうね」

静香が真顔で心配する。

「そうだな、あんまり木に近づかない方がいいよ。自分の身長ぐらい離れた方が」

雅彦が手招きして3人を木から少し離す。

その瞬間、耳を劈くような炸裂音が、当り一面に鳴り響き川岸に立つ大きな杉の木が真っ二つに裂けた。