「そうか…行くのか。仕方ない、誰も碧を止める事なんて出来ないよ。碧には知る権利がある。和哉、碧を頼んだぞ」

「わかってるよ父さん」

明日十津川に行き碧が生まれ育った場所を訪れる事に、一瞬躊躇したような表情を見せた肇だったが、すぐにそれを打ち消した。

夏美は相変わらず泣いてばかりである。

「お母さん泣かないで。私何処にも行かないわ。私はお母さんの子供よ。私の家はここしかないんだから、絶対に帰ってくるわ」

「でも碧…そんな事言ったって、記憶が戻れば私の事なんか忘れちゃうんじゃないの?もう思い出さなくてもいいわよ…川村沙耶なんて知らないわ」

そう言ってまた涙を流す。横では肇が優しく夏美の肩を抱きながら子供に話すように諭した。

「碧は俺達の物じゃないよ。一人の人間だ。碧が死ぬまで一生面倒見てやるわけにはいかなだろ?碧だってこれから先の長い人生を自分の力で生きていかなくちゃいけないんだ」

「お父さん…ごめんね、お母さん心配ばっかりかけて。ねえ、お母さん覚えてる?…昔二人の事、おじさん、おばさんって呼んでたよね?。なかなか恥ずかしくて、お父さん,お母さんなんて呼べなかった」

「そう言えばそうだな。最初は気にしてたけど、気が付いたらお父さんって呼んでくれてて嬉しかったよ」

昔を懐かしむように肇が微笑んだ。

「お兄ちゃんが中学生で私が小学校6年生の時、私が同級生に苛められてお兄ちゃんが、その子を殴り倒しちゃった時があったでしょ?」

「俺がそんな事を?覚えてないなあ」

「当然向こうの親から呼び出されちゃって、そこでお母さん、私の娘を傷つけるような事したんだから、体の傷ぐらいなんともないでしょ!って…すごい剣幕でびっくりしちゃった」