「碧の全快を祝して、乾杯!」

静香の音頭でグラスを上げる。
駅前の巨大ホテル『サウスタワー』の最上階にあるイタリアンレストランに碧、静香、雅彦、そして和哉の4人が集まっていた。

碧は結局、静香と一緒に十津川方面に行った後も2日間休み、今日出勤した。

沖田家であった出来事は静香にも話していないが、ある程度ふっきれた碧は清々しい気分で、逆に肇と夏美の方が気を使い、まるで腫れ物に触るような痛々しい態度が碧には気の毒だった。

和哉も秘めていた想いを吐露した事で心の中の垣根が取れたのか兄としての立場を離れて碧を一人の女性として扱う姿勢が見受けられた。

碧もこの2日間で和哉に対する想いが徐々に増幅していき、ふと気が付けば和哉の事を考える自分がいた。

その感情の高ぶりとは反比例して雅彦の事を考える時間が少なくなる。この2日間で雅彦から5回、携帯に着信があったが碧は自然とよそよそしい態度を取ってしまう自分に驚いていた。

愛しているとは断言できないまでも、それなりの好意を抱いていた雅彦である。碧は自分の中に今まで知らなかった一面を見た思いであった。

「碧ちゃん、本当にもう会社に出ても大丈夫なの?無理するぐらいなら辞めちゃってもいいのに」

「うん、もう大丈夫。雅彦さんこそ学校忙しくて無理してない?」

「金沢はタフだからな、1日3時間寝たら朝には元気いっぱいさ」

碧の想いを自分に向けたという自信からか和哉の口調がいつになく力強い。

食事が運ばれて、碧が和哉にワインを注いだりする仕草やアラカルトでオーダーしたメニューを和哉と少しずつ交換したりする仕草をみて静香はなんとなく、この2日間に碧と和哉の間になにかあったと感じていた。

一方雅彦は漠然と碧の様子がいつもと違う事に焦りを感じ、どうしようもない不安にかられていた。