職員室の視線が自分に降り注がれているような気がして和哉は必要以上に弁明した。机の上の携帯をそっとバッグにしまう。

「だったら今度私がお食事つくりに行ってさしあげましょうか?結構上手なんですよ」

「はあ・・・有難うございます。でも妹も料理得意なんで、母が出来ない時は代わったりしてますし・・・なあ金沢、お前一人暮らしだから作ってもらえよ。インスタントばっかりじゃ体壊すぞ」

和哉と小夜子のやりとりを面白がって見ていた雅彦は急に自分に振られて驚いた。

「あ、あの・・・僕そろそろ一人暮らしやめようと思うんですよ。串本から通うのは遠いけど家賃とか大変で」

慌てて弁明する。本当は串本の実家に帰る予定など微塵も無かった。

小夜子の獲物が雅彦に移ったのを見て和哉は急いで席を立った。
今日は早く帰らなければならない。狼狽している雅彦を横目で見ながら隣の席の谷畑に会釈して和哉は廊下に出た。

4日前に退院した碧は3日間の自宅療養ですっかり元気になっていた。

今日は同僚の紺野静香と一緒に熊野川町に行っている筈である・・・碧が15年前に発見された場所に。

それが碧に、沖田家にどういう結果をもたらすのか和哉には分からなかった。分からないが何かしらの展開はあるだろう。早く家に帰って碧の口からそれを聞きたかった。

万が一碧が記憶を取り戻して・・・もちろん碧にとってそれが良い事なら和哉は大歓迎である。

碧が記憶を取り戻して、その代わりに沖田家での15年間の記憶を失ってしまったら・・・考えただけでも和哉は恐ろしくてわれを忘れそうだった。