碧の記憶、光る闇

伏目がちに視線をそらし下がろうとする婦人のすそを引っ張って碧は食い下がった。

「ねえ，お願い…教えてよ…」

この婦人の知ってる事と自分のことは何の関連もないかもしれない、いやその可能性のほうが高いだろう。しかし碧はその老婦人に食い下がらずに入られなかった。

「はあ…分かりました。関係なかったらごめんなさいね」

碧の剣幕に押されたのかあきらめたように婦人は静香の隣に腰をおろした。二人とも息を呑んで婦人の言葉を待つ。

「よく覚えてないんだけど…多分１５年前だと思います。ここより更に奥に、１００人ほどが農業を営みながら暮らす集落があったんです。みんな数ヘクタールの田畑を持っていて生活には困りませんでした。わたしは若いころに胸を患って婚期を逃してましたので、両親と一緒に毎日畑に出ては土を耕す毎日…」

今の白くしなやかな手からは想像もできないが、婦人は遠い昔を懐かしむように目を閉じた。

「川村さんとこは私の家から…どれぐらいだったかな、３０メートルぐらい離れた４軒先にあったの」

「川村さん？」

婦人の口からいきなり見知らぬ名前が出てきて碧は聞き返した。

「ええ、川村健吾さん…きっぷが良くて明るい素敵な人だったわ…それがあんな事になるなんて」

そこで婦人は一旦言葉を切り水を飲んだ。

「それ私の水…」

静香がいいかけて碧ににらまれる。

「あんな事って、どうなったんですか？その川村さんは」