感激で瞳を潤ませ、タエは健吾に抱きついた。

笑うと目じりに深いしわが出来、本当は34歳という若作りを露呈してしまう。

農業を営んでいる39歳の川村健吾には妻子があったが、その日に焼けた精悍な顔立ちは、隣近所の奥さん連中あこがれの的であった。

小心さを奥に隠した豪放な雰囲気に健吾の妻、美津子の存在を無視して誘いをかける女も数え切れず、美津子は見てみぬ振りをしながら心を痛めていた。

健吾の家から数十メートル離れたところに家を構える長内タエは早くに夫を亡くし子供を女手ひとつで育ててきた。

タエも他の女の例に漏れず、健吾に誘いをかけ、その妖しげな魅力に最初は拒んでいた健吾も気付いたときには深い仲になっていた。

最初は美津子以外の女を抱けてしかも夫のいないタエは格好の欲望のはけ口であったが、おとなしそうに見えたタエがこれほど激情的で自分に執着してくるとは健吾にとっても予想外であった。

妻の美津子は山陰の出身で中学を出た時に勘当同然の身で家を出た。

義父は広大な山林をいくつも所有していて、勘当状態だとは言え一人娘の美津子にいずれは相続される。

美津子から話を聞いていた健吾は以前こっそり見に行った事があったが樹齢何十年もの杉がひしめき合う山林はどう安く見積もっても、健吾が一生遊んで暮らせるだけの財産価値があった。

今でこそ生活は苦しく、美津子がはまっている新興宗教のせいで貯金も底をつきつつある。しかし、いずれ義父が死ねば苦労は報われる。それをタエのような女の為に手放すわけにはいかない。

(大阪で二人で暮らす?…食べていく分だけでいい?…冗談じゃないぞ)

安物の香水に目をそむけながら苦い表情でタエの背中に手を回す健吾の瞳に暗い炎が一瞬宿った。