事件の影響からか殊更内向的になっていた碧は中高時代、殆ど男友達が出来ず同年代の話し相手は専ら和哉一人。
大学生になってようやく恋人らしい男性が出来始めたが、無意識に相手の男と和哉とを比べている自分に気付かずにいた。

『おはよう、何疲れた顔してるのよ』

和哉達と別れてから数分後、考え事をしながら歩いていた碧は不意に後ろから抱きつかれて飛び上がった。

『なんだ静香か、びっくりさせないでよ』

『何だとは何よ、金沢さんだとでも思ったの?』

意地悪そうに笑うが同僚で同じ年齢の紺野静香は碧の数少ない親友であった。

碧の勤める証券会社もアメリカ発の金融恐慌を例外なく受け、新規雇用は碧が入社した3年前以来ゼロである。

そのせいか25才の碧と静香が職場の最年少で20代の社員はあと数名、殆どが40代後半から50代の男性社員では話の合うのが静香だけなのも無理もない。

どちらかと言えば人付き合いの苦手な碧と違って社交的な静香は誰からも愛される存在で言わば職場の華である。