そして、それまでまったく外界との係わりを絶っているかのようであった他の病室の住人たちが、あらん限りの大声で「あんあんあん、とってもだーいすきー」と一緒に歌ったのだ。
歌声は松本たちがいる5階の病棟のみに止まらなかった。
下の階からも、数十人の、絶叫にも似た歌声がここまで沸きあがってきたのだ。
菱沼と成田は予測不能の事態に体を硬直させた。しかし、この現象の引き金を引いた松本だけは、さらに勢いをつけて、流れに乗った。
「みんないいか!次は、ドラえもん音頭だ!」

はあー、どらりーどーらりーのー、どらえもんー、おんどー

歌が、踏み鳴らす足が、打ち叩かれる手が、病院を揺らした。
人々は笑顔になった。理由無き、無垢の笑顔。
(ああ、医者になって良かった・・・患者さんの顔に、笑顔がもどった!)
松本の心は、仕事を成し遂げた清々しい思いで満ち足りていた。だがそれは重い疲れをも伴ったもので、楽をしたものには味わうことのできぬ種類のものだ。
(今日は帰ったら酒を飲もう。たぶん、美味しい酒が飲めるはずだ)
松本は思うのだった。


      おわり