「松本くん、その、毛利さんというのは?」病気と病状の説明を、長谷川は求めた。
「重度のT病患者で、日常的に幻覚幻聴の症状があります。時にはきわめて暴力的内容の発言も聞かれ、錯乱して自分の体を壁に打ち付ける行為がありまして、特別室で対応しておりました」
「家族関係は?」
「本人は独身で、A市に両親がいます。本人の病状に、その、大変心痛されてか・・・」
どう言ったものか迷う松本の横から、彼の指導役である菱沼が口を挟んだ。
「家族の面会や連絡はほとんどありません。入院前、家族は本人の言動に恐怖を感じ、いつか彼が人を殺すのではないか、と心配していたようです。入院してから1年が経過した今では、彼との関わり自体を避けている様子があります。こちらからの定期の連絡には出られるのですが、形式的なやりとりしかありません」
菱沼の言葉に、長谷川は軽く頷いてみせた。患者と家族の関係が希薄であるほうが、今回は都合が良い。
「そうか。・・・なんにしても、話だけでは私もピンとこないな。病室を見に行こう」
長谷川が革張りの椅子から立ち上がった。