デビル裕一記念病院の院長室に精神科部長・菱沼と精神科医・松本、看護婦長の成田がやってきたのは昼食後まもなくの時間だった。
院長の長谷川は、入って来た三人の顔を見ただけで、
(なにかトラブルがあったな)
と察しがついた。彼はデスクの上に広げていた読みかけの本「甲殻類のやる気」を一番下の引き出しにしまうと、三人の言葉を待たずに自分から口火を切った。
「大事か?」
院長の視線が自分に向けられているのを意識しながら、菱沼は言いづらそうに返答した。
「はい・・・と言いましても、まだ本当に大事になったのか、それとも大したこと無いことなのか、判断がつかないところで・・・」
「はっきりしないな。何があった?」
「つい先ほど、見回りの看護士が気づいたのですが、特別療養個室の患者が一名、いなくなってしまったのです」
「なんだと!?」
長谷川は思わず聞き返した。
デビル裕一記念病院で特別療養個室と呼ばれているそれは、著しい精神障害があり、自分や他人に物理的被害を及ぼす恐れが非常に高い患者が入る病室だ。
外から施錠されるその病室は、いわば医療的刑務所であった。