「幸いにも一命はとりとめましたが、もう親友の声は彼女には一切届かなくなっていました」
彼が遠方への進学を辞めるといったところで、一度“裏切られた”と感じてしまった彼女の心は疑心に囚われたまま。
視界に入ることも、声を聞くことさえも拒み続けた彼女。
結局、皮肉なことに彼が遠くに離れた方が彼女のためになるという結果になったのだ。
「それでも、彼女は日に日に心を蝕まれて痩せ細っていくばかり」
長年共にいた仲。
先生がそんな彼女を放っておけるはずがなかった。
「正直、受験と彼女の心のケアの両立は簡単なことではありませんでした。ですが……」
ふっ、と軽くため息をついた先生は、目をつむり、搾り出すようにしていった。
「ずっと隠していた。本音では、もうずっと長く前から──彼女のことが好きだったんですよ……」
だからこそ、辛抱強くそばにいることができたのだと、眉根をきつく寄せた先生。
そうして先生の献身的なケアのおかげで、彼女は徐々に平静な精神状態に戻っていった。
その過程で、彼女が先生に惹かれていったのはとても自然なこと。
「結婚したのは、私が大学を卒業してすぐのことでした」
親友“だった”彼とは高校卒業後、会っていないという。
「ね? “略奪愛”でしょう?」
そういった先生の表情は、今にも泣いてしまいそうなくらいに、痛々しく歪んでいた。
「……っなこと、ない……そんなこと、ない!」
「日下くん?」
気付くとわたしは大粒の涙を流していた。
確かに、結果的に先生は親友の彼女を奪ってしまった形になったかもしれない。
けれどそれは仕方のないことだったはずだ。
お互いが、お互いの気持ちを優先しようとした結果が招いただけに過ぎない。
夢を追おうとする気持ちも──
好きな人と離れたくないという気持ちも──
思わぬ形で届いてしまった気持ちも──
どれも間違いじゃないはずだ。


