「どうしてその絵、あのとき亮平くんに渡さなかったの?」
「あぁ、それは、ね……」
亮平の気持ちを知って、想いが叶わなかったから渡さなかったわけじゃない。
あきらめの気持ちからそうしたわけじゃなかった。
「あのときの気持ちをね。忘れないようにしたかったの」
叶わなかったからといって、すぐに忘れられるほど簡単な気持ちではなかったし。
無理に忘れようとするのはなんだかもったいない気がした。
この絵を渡すということは、あのときの想いを、すべて亮平に渡してしまうことのように思えてならなかった。
正直なところこの絵を眺め続けることはつらかったし苦しかった。
でもその分、少しずつ形を変えて自分の中にあのときの想いが自分のこころに染み込んでいくのを感じることが出来た。
そうしてこの絵を真っ直ぐな気持ちで眺めることが出来るようになった頃、わたしは自分がひとつ、オトナになったのを感じた。
もしこれを亮平に渡していたら、きっとそれを感じることは出来なかったと思う。
自分のこころと向き合うというのは言葉でいえば簡単だけれど、そうなかなか出来るものじゃない。
でも絵は作者の“こころを塗り込めたもの”だから。
だからわたしはしっかりと向き合うことが出来、あのときの気持ちを手放すのではなく、自分の一部とすることが出来た。
それを八重ちゃんにいうと、
「紗智ちゃんらしいね」
そういって彼女はいつものようにふうわりと微笑んだ。
「そういえば八重ちゃんはあのとき“バレンタインチョコ”を渡したんだよね。しかも3個も」
「ほら、その時季ってあまり帰ってくることってないでしょう? だからといって送るんじゃ当日に無事届くかもわからなかったし」
「そうなるとあっちの女の子に先を越されちゃうかもしれないから、って。それで卒業するまでの3年分」
「そうそう」
「あはは、八重ちゃんらしいね」
「ふふふ」
変わっていっても、変わらない関係が確かにここにある。
わたしもあたたかな気持ちで、また外の景色に視線を滑らせた。


