「味ってのはな、不思議なもんで“楽しい”って気持ちがあるとどんな味でも美味く感じるもんなのさ」
ん~。
確かにそれはいえるかも。
「だが逆に。どんなに美味い料理も楽しくなけりゃ大した味に感じやしねぇ。ほれ、店員の態度が悪くて不愉快だったりすると味もクソもなかったりするだろう?」
「うん」
無愛想な店員だったりするとなんとなく早く店を出たくなって味なんて感じないもの。
他にも緊張してたり急がなきゃならなかったり、イライラしてたり。
「“楽しい”って感情はな、何よりも強い。最高のスパイスだ。そしてそいつはな、味だけにいえるこっちゃない。でっかいことをいえば、人生だってそうだ」
だからこそ、この『10秒間の魔法』なのだと草にぃはいう。
「“楽しむ余裕”のないやつに“楽しい”がわかるはずがないだろう? そいつは別の視点からいえば“楽しむ気”がないやつに“楽しいこと”がこないってことさ。だからな」
そして眉と眉の間を人差し指でとんとん、と叩くと、
「ここのシワは取っておかねぇと、な」
う。
鏡は手元にないけれど、そういえばここ最近眉間にシワが寄りっぱなしだった気がする。
「いじわる……」
「はっはっはっ」
どうしてこう、良い話だけで終わらせないかな、この人は。
「でも……試してみるよ。『10秒間の魔法』」
突っ走りがちなわたしには確かにぴったりだ。
「最高の瞬間ってやつは宝クジじゃぁない。最高の自分でいようとするヤツが引き寄せるもんだ。そのためにゃ“楽しむ”ことを忘れんな」
「うん。ありがと」
ほどよく冷めた珈琲をブラックのままぐいっ、と飲み干す。
わたしにはまだちょっと苦かったけれど、でもなぜかこの味はきっと忘れないと思った。
すると八重ちゃんも同じようにぐいっ、と飲み干し、
「苦いね」
そういってふうわり、と笑ったのだった。


