もう何度目かわからない、イヤフォンを耳に。

 再生ボタンを押すとミディアムテンポの音楽が流れ始めた。

 アコースティックギターの、弦の上を滑らせる指運びで奏でられるメランコリックな旋律。

 手で叩いて鳴らすコンガのやさしくやわらかいリズム。

 その切ないけれどあたたかい曲に、わたしは『恋』という言葉を思い浮かべる。

 けれど恋なんて今まで実った試しのないわたし。

 だからせっかくのやさしいメロディにも、ネガティブ全開の言葉しか乗せられなくて。

「好きなのにな……この曲」

 彼はどうして、わたしに歌詞を書けといったのだろう。

 こんな曲を作れる人なら、きっと言葉も素敵なものを生み出せるに違いないのに。

 再びペンを手にとり、ルーズリーフに向かう。

 曲の“香り”を胸いっぱいに吸い込むようにして、深くそれを聞き入るわたし。

(誰かに、プレゼントしたい曲なのかな……)

 子供のように輝かせていた彼の瞳を、もう1度思い出す。

『歌って欲しいんだ! キミに!!』

 風が吹いた気がした。

 うなじを空に差し出すような。

 こころに羽を生やすような。

 そんな風。 

 だからかな。

 なぜか、迷惑かけられまくりなのにもかかわらず、わたしは彼に“恩返し”をしたいと思った。

 それと同時に、

「…………」

 ほんの少し──胸の奥に、痛みが走った。