こころなし普段より速い足取りで玄関に戻ると、彼女はまだそこにいた。

 ゆっくりと、のろりのろりと靴に履き替える俺。

 何かを別にしようとしていたわけじゃない。

 けれど“何かが起こる準備”だけは、こころにしっかとしておいた。

 後ろ向きな前向き。

 チャンスはスタートラインを切った人間にしかやってきやしないのに。

 あの頃の俺にはそれがわかっていなくて、ただのいくじなしにしかなれないでいたんだ。

 結局、そのときも、その後にも、何も起こりはしなかった。

 彼女は俺が靴を履き替え終わる頃には軽くため息をついて雨の中に飛び出していったし、以降時々校内で見かけることはあったけれど視線が交差することもなかった。

 当然の結果。

 表彰台を遠目で眺めることを自分自身で選んでしまったんだから。

 そこを目指す権利すら、自ら放棄してしまったんだから。

 もしあのとき、一緒に帰ろうと誘っていたら?

 いやせめて、傘を貸していたら?

 馬鹿馬鹿しい。

 いつだって“if”に現実を変える力なんて、ない。

 だから俺はここでこうして、想い出が降りそそぐ夕闇前の少し“ひねた”気持ちにさせる空を見上げているのだ。