次の日、私は珍しく夕方に家にいました。

当時明るいうちから家にいるのは数えるほど。

茜色の空がだんだん群青色に変わっていくのを窓を開けて眺めていたのです。

ふと、視線を感じました。

視線をたどっていくと腰の高さほどの窓のレール部分にぽてとがたたずんでいました。

ついにぽてとの心が私に歩み寄ってきたのです。

私は台所に走り、昨日の残りのマグロ(やや変色)をみじん切りにしていそいで自室に戻りました。

ぽてとはいつもの網戸の左下部分へ移動するためにのたくたと歩いてきました。

私はぽてとのために網戸左下、ぽてとの散歩コースにマグロを設置し求愛の意思を示しました。

ぽてとはあせるでもなく丸い目を眠そうに開きながらじりじりと網戸に近寄ってきます。

ぽてとがマグロを口にすれば両生類と人間の愛のコラボレーション、と私はヤブ蚊に襲われるのも苦にせずずっと眺めていたのです。

空はいつの間にか濃い群青色が降りてきてました。

あと一歩、あと一歩でマグロだ!がんばれ!ぽてと!


その刹那。


一陣の風が私の目の前を掠めていきました。

何が起こったのかまったくわからず風が通り抜けた方向を見ると黒いかたまりが弧を描きながら去っていくところでした。

沈み行く太陽に向かって羽ばたいていったものはいったいなんだったのか、今となってはわかりません。

ただ、あとにはマグロみじん切りだけが残っていました。

のたくったような水の跡が残っていたのでぽてとがそこにいたことは間違いなかったのだ、と思います。

それからぽてとが私の前を横切っていくことはありませんでした。

なぜ、夕方の明るい時間に現れたのか、ぽてとは何か言いたかったのか。

愛がすれ違った悲恋の物語です。