学校の中で、二人きりになるチャンスなんてそんなにないから、あたしはちょっと舞い上がっていた。

「学校では先生って呼べって言ったろ」

恭平は低い声で、あたしを突き放した。


チェ~。


イ~ッダ!


あたしは、恭平に向かって舌をだし、顔を横に向けて、頬っぺたをわざとプクッとふくらませて見せた。

「……ったく、しょーがねーやつ」

恭平は、ニヤリと笑って両手であたしの頬を優しく挟んでこう言った。

「だいっきらいだよ……ニンジン」


もぉ~。


野菜の話しじゃないってぇ……。


そして恭平は、あたしの唇に自分の唇を重ねた。


…………。


…………。


「おまえ口紅つけてるのか?校則違反だぞ」

恭平は何事もなかったかのように話し出した。

「……リップだもん。ちょっと赤色が強いだけで……」

「放課後までにとっとけよ」


やぁだよ。


恭平は、まだ残っている実験器具を洗い出した。

「ねえ、恭平」

……。


だからぁ、返事くらいしてってばぁ。


手は早いくせに、返事は遅いんだからぁ。


恭平の方を向くと、恭平は流し台に手をついて、頭を左右にフルフルと振っていた。

「どうしたの?」

「いや、何でもない。ちょっとした目眩、最近たまにあるんだ」

「大丈夫?」

「大丈夫だって……もしかしたら……」

恭平は右手を顎におき考えたふりをする。

「なに?」

「夜がハードすぎて、睡眠不足なのかもしれない
……」


夜がハード?


恭平がニヤリと笑う。


「お前、寝かしてくんないんだもん」


あっ!


やだっ!


ばか!!


あたしは、顔を赤くしながら、恭平に向かって、黒板消しを投げつけた。

でも、その黒板消しはみごと、恭平とは違う方へ飛んで行った。


「先生ただいまぁ。ゴミ捨てて来たよぉ。雷と雨がすっごいの!美加なんて、途中で怖がって大変だったんだよ。ジュ~リィ~洗うの終わったぁ?」

祐子と美加ちゃんが、自分達の仕事が終わったらしく、空のゴミ箱を持って教室に戻って来た。