紫陽花の葉を越えて幹をするりと降りる蝸牛。紫陽花の群生を超えると、垣根が見えてくる。垣根の下を猫がするりと抜けてきた。猫の巨大な顔が蝸牛に迫ってくる。慌てて蝸牛は進路を空ける。急に対象が動いたので、猫は興味を失ったのか、そのまま縁の下に潜り込んだ。ほっと胸を撫で下ろす蝸牛。

 垣根を越えると空間が開けた。

 そこは、人間達が道路と呼んでいる道だった。道の端のほうに水溜りがあった。蝸牛はその端に居て、じっと水の底を見透かすように見詰める。漣を蹴立てて、風が通り過ぎた。じっと見詰めていると、まるで鏡のように水面に写っている自分自身を見ていると、自分の内面を覗き込んでいるようで、何だかドキドキしてくる。もう少しで自分が解りそうだ。

 蝸牛は水溜りの端の方を、なぞる様に進んでいった。目的地などありはしない。ただ闇雲に進むだけだ。自転車が水溜りの水を撥ねて、通り過ぎた。泥交じりの水が、蝸牛に覆い被さる。蝸牛はびしょ濡れの泥んこ状態になってしまった。それでも、蝸牛は幸せだった。水が好き。水を浴びることが好き。その事を再確認したみたいで、幸せな気分になった。

「けど、これが答えって訳じゃないんだよな」

 そう言うと、蝸牛は再び歩き出す。

 暫く歩いていると、怖い顔の犬が睨みを効かせてきた。今にも鼻を擦り付けてこんとばかりに近付いてきて、去って行った。何か紐のようなものに引っ張られていたようだった。彼を見て、嗚呼、自由が利かないんだなと、哀れに思った。先程までかいていた冷汗など何処吹く風で。

 雲行きが怪しくなってきた。大好きなものがもう直ぐそこまで来ている。

 蝸牛は歩を急がせる。雨が降る前に、雨に触れる前の世界をもっと見ておかなくては。雨に煙る前の、純然たる世界を。その世界と、自分の大好きな雨に触れた後の世界とを見比べるのだ。触れる前と後とでどちらが好きか。それを確かめるんだ!

 蝸牛は蠕動(ぜんどう)を早めた。まるでピストンのようだ。