案内させようとあたしが腰を浮かしかけたその時達郎の右手が動いた。

洋子にさし出されたその指先には一万円札が挟まっていた。

「缶コーヒー買ってきてもらえませんか」

釣りはいりませんから―そう言い終わる前に洋子は一万円札をつかみ取ると、玄関に向かって駆け出した。

「なるべく甘いヤツ買ってきて!」

あたしは彼女の背中に向かって叫んだ。

しかし缶コーヒー一本に一万円出すとは。

いくら緊急とはいえ限度ってもんがあるだろう。

まったく、これだから坊ちゃん育ちは。

「買ってきました!」

速っ!?

洋子が息を切らせて戻ってきた。

尋常じゃない速さの理由は一万円札のせいか水商売の性か、はたまたホレた弱みか。

まぁ恐らく全部だろう。

達郎は洋子がさし出した缶コーヒーを無言で受け取った。

達郎には変な癖がある。

事件を推理する時、必ず缶コーヒーを手にするのだ。