「ねぇ、踊ってくれませんか?」

いつものように突然な彼女の発言に、いつものように俺は思考が停止する。俯いていた顔を上げると、にこやかに微笑んでいる彼女と目が合った。おどってくれませんか?

頭が理解をする前に、彼女は苦笑しながら同じ事を繰り返した。踊ってくれませんか?俺とあんたが、何を?

「フォークダンス。私も踊りたいなぁ……。ね?」

ふぉーくだんす。あぁ、なんだ。そういう事か。やっと働き始めた思考回路に反比例して、俺の口はみるみるうちに渇いていく。フォークダンス、彼女と、どうして。まだまだ正常ほどは繋がらない思考が、意味もなく単語を並べては、俺を混乱させた。

差し出された手を、何も出来ないまま見つめる。相変わらず細く長い指、丸みを帯びた女性の手。確かに、彼女は女性だ。本日何度目かも分からない確認をしながら、俺はどうしたものかと内心頭を抱えた。

彼女は、俺の何だろうか。ただのスクールカウンセラー、単なる年の離れた友達、むしろ赤の他人、それとも。そこまで考えて、俺は緩く頭をふった。

彼女が何だって構わないんだ。少なくとも俺は、この関係が嫌いじゃな
い。それで良いじゃないか、それだけで。答えを出してしまうのが怖くて、俺は思考を断ち切った。残された宙ぶらりんの思いだけが、俺を現実に引き戻そうと躍起になっている。

彼女の手は、とても温かかった。