涼しい夜風に当たり一呼吸置いて僅かばかりの落ち着きを取り戻すと、杉宮の待つ店内へと入っていった。

どうやら杉宮はトイレに行っているようで、席には誰もいなかった。



軽率な行動をとった自分への怒りと、後悔が頭を埋め尽くしていく。

鴨居の手はまだ震えていた。


すると杉宮がひょっこりと戻ってくる。

「電話の相手…大川だっけ?そいつってあの時のだろ。何か言われたのか?」

鴨居の表情を見た杉宮が真面目に聞くのだが、鴨居が本当のことを言うことはなかった。

「あ…はい。何かまた一緒に飲みたいな。って誘われちゃいました。いやぁ、大変ですねぇモテるってのも。はは、ははは。」

感情のこもらない、無機質な音が鴨居の口からどんどんあふれ出た。

(このバカ…あからさまな嘘つきやがって。)

杉宮はそれが嘘だと知りながらも、敢えて聞かないことを貫いた。

鴨居なら自分から話してくれると信じていたからだ。

「そっか…何ともなったみたいで良かったよ。」

鴨居は自分のことばかり考えていて気付きもしない。

この時、この瞬間から自分のありきたりだった人生が少しずつズレ始めていたのだということに。